不動産の収益力と還元利回りとの関係
還元利回りCR(Cap Rate , Capitalization Rate)は、還元対象となる純収益aの変動予測を含むものであるとされ、割引率DR(Discount Rate)との関係では「CR=DR-g(純収益の変動率)」という基本ロジックが成立しています。
割引率DRというのは金融資産利回りに不動産特有のリスク(投資対象としての危険性、非流動性、管理の困難性、資産としての安全性等)がオンされた構造で、ある将来時点の収益を現在時点の価値に割り戻す際に使用される率を指します。
建物等を含む複合不動産については、減価償却費を控除しない償却前の純収益aを、建物等の償却率を考慮した還元利回りCRで割り戻して収益価格を求めるのが一般的ですので、割引率DRとの関係では「CR=DR-g(純収益の変動率)+k(建物等の償却率)」という等式になります。「建物等の償却率k」は、企業会計上の減価償却の概念ではなく、経済的耐用年数における建物等の減少価値を期間配分するものとして、簡便モデルで「建物等価格割合×逓増償却率」と表せるものです。
建物等を含む複合不動産の還元利回りCR
=土地価格割合×土地の還元利回り+建物等価格割合×建物等の還元利回り
=土地価格割合×土地の還元利回り+建物等価格割合×元利逓増償還率 ※1
=土地価格割合×(DR-g)+建物等価格割合×{(DR-g)+逓増償却率}
=DR-g+建物等価格割合×逓増償却率 ※2
※1 厳密には躯体及び設備の経済的耐用年数による元利逓増償還率をそれぞれの構成割合で加重平均し求められます。
※2 逓増償却率とは純収益の変動率gがゼロであれば償還基金率と同義になるものです。
「適正な収益価格」≠「過当に高い純収益」÷「リスク軽視の還元利回り」
「純収益の変動率g」について検討する
例えば次表は近時のJ-REIT取得事例ですが、これをみると最上段において、日本ヴァリュアーズ社は、東京都23区城東エリアのレジデンスをCR=4.2%、DR=4.0%、と判断しておりますので、理論的には「純収益の変動率g-建物等の償却率k」を▼0.2%と判断していると推測されます。
公開資料では非表示であるため仮定で該当物件(築14年)の経済的残存耐用年数を26年と置き、公開情報より建物等価格割合25.0%を使用して簡便モデルを回すと「CR=DR-g(純収益の変動率)+建物等価格割合×逓増償却率」は、「CR4.2%=DR4.0%-g0.4%+建物等25.0%×逓増償却率2.4%」で成立しますので、該当物件の評価で日本ヴァリュアーズ社が「純収益の変動率g」を+0.4%辺りに判断したと推測することになるものです。
次表の通り吟味すると、「DR-CR」より捉えられる「純収益の変動率g」についての判断は+0.2~+1.2%ということになり、鑑定評価機関ごと各物件別に様々な検討であると窺い知れるようです。
サムティ・レジデンシャル投資法人 2021年7月12日リリース「資産の取得に関するお知らせ」
一方で、投資家等の意見や整備された不動産インデックス等も参考として、類似不動産の取引事例との比較から求める方法によって求められた各種利回り(比準利回り)というのが近年重視される傾向にあるようで、前記のような基本ロジックの不成立が疑われるケースも見られるように思います(投資家等が各利回り別々に横ばかり気にするあまり、基本ロジックが排除される動きになってしまっていないかという懸念です)。
収益還元法の有効性を理解する
本来、先走りがちな取引価格を験証する手段として収益還元法の有効性は位置付けられています。
取引事例比較法によって求められた実証的価格としての性格を有する比準価格は、バブル期のように不動産価格が急上昇している状況では、結果的にその急激な価格変化を追認するものでしかなくなり、不動産の収益性に基づいて理論的に、各不動産価格の個別性を験証する手段として収益還元法の有効性が期待されていました。
しかし、その収益還元法も、不動産証券化スキームの普及時において独り歩きが見られ、結果として局地的とはいえミニバブルを発生させました。
収益還元法の基本構造は、収益価格P=純収益a÷還元利回りCRという等式です。
純収益aと還元利回りCRの割り算でしかないため、例えば、純収益aで個別性を考慮していても、還元利回りCRの判断において、理論を軽視し、実証性のみ重視して不動産価格の急上昇を追認するような還元利回りCRを採用していれば収益価格Pは簡単に跳ね上がり独り歩きを始めます。
「純収益の変動率g」が「還元利回りCR」を変化させる
例えば市場での相場賃料よりも高い賃料で契約されているような不動産では、将来の収支の下落リスクが高いため適切な還元利回りCRは高くなる(>割引率DR)わけですが、ここで(下落)変動シナリオgを適切に勘案しない低い還元利回りCRを意図的に採用すれば収益価格Pは跳ね上がってしまいます。
CYARea!で「純収益の変動率g」を検討してみる
収支分析WEBサービス「CYARea!(ちゃりー)」では、サイドメニューの「収支・分析」にある「物件別収支分析」をクリックすると、下図のような情報が一覧で見られるようになっています。選択した不動産の各収支項目について、所定標本数の不動産情報に基づいて算出された各収支項目の比較値と比較可能な形態で同一画面に提示しています。
CYARea!スコア(収支総合評価)は、文字通り収支全体を評価するパラメータですが、50pointsに満たない状況は、該当収支項目の改善を検討できる余地があると理解され、50points超にある状況に合理的根拠が無ければ、将来の収益はマイナスの変化(下落)を指向してしまうリスクがあると捉えておくべきです。
CYARea!で「還元利回りCR」を再吟味する
取得検討中の不動産については、前者の通りにg(純収益の変動率)がプラスと見込めれば還元利回りCRは下振れに捉え、後者の通りにg(純収益の変動率)をマイナスと見込むのであれば還元利回りCRは上振れ(将来の収益下落リスクをオン)の方向で購入価格は検討されるべきです。
既に保有中の不動産については、CYARea!スコア(収支総合評価)を活用し経営改善に注力されるのが宜しいかと思います。
一例として奢侈な本社ビルのような物件をイメージしてみて頂ければと思いますが、どれほどに立派なビルだからといっても、「過当に高い純収益a」÷「リスクを軽視した低い還元利回りCR」=「過大な収益価格P」を適正と判断してしまう経営姿勢に陥らぬよう常に再吟味の視点に立ち戻れるスタンスが大切だと思います。
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